2011/01/27

ボー・ブランネル



英国の伊達男ボー・ブランネルの時代から男のファッションの波は来ていない。
そう、ニュー・ロマンティックに代表させるエリマキトカゲのフリルの服。
ベルギーのアントワープにある王室御用達の国立ファッション・アカデミーでは未だにあのフリフリの服、古典から学んでいる。
かの5人衆ドレス・バン・ノッテンをはじめアントワープ出身のデザイナーが英国で人気をハクしたのも、不変のルールを知ってこそのあったのである。
現在、人気のあるはワークウエアのリーバイスやアーミー・ネイビーの軍服であり、そのアレンジだ。
質実剛健でタフであり、楽に着られ自分を表現する服とはどういうものなのか。
私に言わせれば「ルールのないそれらのタフウエアをハズして着てしまうことである」
子供時代アイビーからはじまった私の着こなしは、
そのアイビーやトラッドからなかなか抜け出ることができなかった。
しかし、旅することでT・P・Oにあった着こなしなしなどなんの意味を持たないという体験を通して変わった。
人と同じ白い車に乗り、
垣根の白い家に美しいワイフとふたりの子供に囲まれて生活する。
安定した仕事につき、
年2回の旅行という型にはまった空簡移動と正常位のSEX、
週末は美しい妻とドライマティーニ。
こんな絵に描いたような生活に飽き足らない。
洋服に関して言えば自己表現。
独自のスタイルを創り出し、
旅の途上のカフェや道ばたやバス停などで出会い友になるための手段。
ないものねだりのこの社会であまのじゃくと言われようが私を見つめる。
立ったまま夢を見ていると言われようが、
私の中に投与するものは私が決める。
ルールなんてものはない。
「女と波は待てば来る」
と、誰かが言ったが、
心の中を体いっぱいでポジティブに表現することが必要だ。
私に取って服=ファッションは自己表現。
出会いを求めている終わりのない私の旅。
ファッションは口から発せられる言葉以上に偉大なものである。
格好いいヤツが好き。
嫌いなヤツなんて誰もいないが、
地球上の人間のすべてとつき合おうとも思わない。
大都会という人間の森でファッションは重要な芸術だ。
デニス・ホッパーが以前私にレイ「川久保」の服はアートだ。
って、言ったことがある。
万人に受ける服など創ろうと思わない。
私のようなあまのじゃく相手に0、1%の人間に指示されば充分だと思ってる。
むしろ、受けない方がいい。
あきのこない隠れパンクスの気に入る服を創りたい。
私の心でじっくりと。
身を守る軍服にかなうものはない。
楽しくラクなスクールウエアにまさるものはない。
だが、人と同じじゃ嫌だ。
そこになにかが欲しい。
今はまだ探している途中だがきっと探してみせる。
そんな創造という人間の楽しみを型にしていこう。
御供 2004/11/5

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