2010/05/28

キューバを手本に





Renewable社会・キューバ

前回、江戸を見習えと言うお話をしました。しかし時代も国家規模も違うため、なかなか参考に出来ないというお話も一方でありました。しかし、過去の理想を現代に実現した国があるのです。

その国はカリブ海に浮かぶ島、キューバです。
1492年にコロンブスが発見したこの国は長年スペインの植民地でしたが、20世紀に入り独立し共産主義国として発展してきました。元々当時のソビエト連邦(現在のロシア)がアメリカの牽制策としてキューバを手厚く保護していたため、国では葉巻と砂糖だけを生産。必要な物資の大半を輸入するという極端な政策を取ってきました。1980年代の食料自給率は40%程度。今の日本と似ていますね。
しかし、ソ連の手厚い保護も1991年のソビエト連邦の崩壊で失い、反面、アメリカには貿易の禁止をはじめとする経済制裁を受けることになり、一気に物 資不足に陥り危機に直面してしまいます。その後、政策の転換を迫られたキューバは大改革を行ったのです。それはどのようなものだったのでしょうか。

キューバ転換の歴史

アメリカによる経済制裁を受けたキューバは深刻な物資不足に。その影響は国民生活を直撃しました。ソ連の保護を受けていた1989年とソ連崩壊後の1992年の一人当たりの一日の摂取カロリーは3100キロカロリーから1860キロカロリーまで激減してしまったのです。
まずは、カストロ議長が国民に向けて非常事態を訴えます。演説でカストロ議長は、深刻な物資不足の現状を説明し、国民に現状の理解を求めました。そして、これまで共産圏諸国に依存してきた状態から自立するための戦略を打ち出しました。
まず、石油がなくなったため自動車は使わず、交通は自転車を使う、そして薬は化学薬品が入ってこないので薬草を国内で栽培しました。そしてエネルギー供給も石油が無いという事で、太陽電池や薪を使い、自然エネルギーに転換しました。さらには都市を「分離型」から「混合型」にし、都心でも空いている土地は畑にして食糧を自給できるようにしました。
そして、これまで自由主義国家に対して開かれていない、閉鎖的な社会だったのを解放し、すべての世界にオープンな社会を作ろうという事を政策として訴えたのです。

革命後のキューバ

キューバ危機に際して、カストロが戦略変更を打ち出し、それでどうなったのでしょうか?代表的な例は医者の数です。日本の医者の数が520人にひとりの割合なのに対して、キューバは168人に一人。国民一人当たりの人数は日本より多いのです。しかも、医療費はすべて無料!キューバは医療先進国で、チェルノブイリ事故の患者の治療を引き受けたりもしています。そして薬は国内で生産した生薬を使用し、必要な医薬品の20%を賄っています。
さらに、共産圏の国に頼る事をやめた戦略により、食料の自給率が上がりました。これにより、首都ハバナの農地・牧場面積は全体の41%(2900ha)にまで増え、有機農法による野菜を100%自給できるまでに高めました。ちなみに東京の農地は、わずか6%。食糧自給率は、1%です。
そして、閉鎖社会から開放社会に転換して、観光も一気に拡大。1990年には国を訪れる観光客の数は30万人だったのが、2000年には6倍の180万人にまで伸び、収入もそれに伴い6倍の18億ドルに。これはGDPの7.3%を占めています(日本は0.08%)。
さらにエネルギーについてもバイオマス、風力発電、水力発電、太陽発電など自給できる資源を急速に拡大してきました。驚いたことにこの大改革、わずか10年で達成したものなのです。

キューバに学ぶ倫理観

わずか10年で達成したキューバ。そのキューバから日本は、何を学ぶべきでしょうか。
まず一番、手本としなければいけないこと・・・それは、政治家や公務員の「倫理」です。民間組織トランスペアレンシー・ジャパンが昨年暮れに発表した「日本の10大汚職・疑惑・腐敗事件」の中で、政治腐敗に関係しているのは、6つもあるのです。
さらに、こうした腐敗の程度を比べた、世界30か国の社会の清浄度順位では、日本は2004年で20位。とても下から10番目でした。逆にキューバを見てみると・・・官僚もすべて自家用自転車で通勤し、国会の議長ですら食料の配給には市民と同じように行列に並び、住宅などの優遇制度もないのです。
また、フィデラル・カストロ、ウラル・カストロ兄弟に次ぐ、ナンバー3の地位の政治家が、海外出張中に外国企業から自由に使用できるクレジットカードを提供されただけで党の除名処分になるほどルールが厳しいのです。また、公務員は同じ犯罪をしても一般国民の2倍の刑罰で、腐敗防止省という、省庁まであるのです。キューバのこうした透明性や公平性こそが国民の意欲を高める良薬なのです。

キューバに学ぶ環境保護

日本では数年前にニッポニア・ニッポンという国の象徴であったトキが絶滅してしまいました。トキと言えば、自然環境に敏感な鳥とされていますが、そのトキの数はキューバでは急速に回復しています。なぜでしょうか。
キューバはあれほど国家の危機を迎えながら、環境保護にも力を入れていて、特に湿原回復に熱心です。キューバの首都ハバナから東側130キロにカリブ地域最大のサパタ湿原があります。その大きさは、45万haで、日本最大の釧路湿原(2万1000ha)の20倍以上。キューバはサパタ湿原を保護するべく2001年、ラムサール(条約多様な生物を育む、湿原や湿地を保護する条約)に加盟しました。
かつて農地として開拓されていましたが、革命直後の1960年から植林を開始。自然回復に努力し始め、2万2500haという釧路湿原に匹敵する面積を自然に戻しました。さらに、この湿原の周囲の農場では、農薬や化学肥料を使用せず、農家の糞尿もバイオガスに変換して、地域のエネルギー源として使うようになったのです。その結果、トキが農業地帯でも。急速に復活しました。
「人は貧しさを憂えず、等しからざるを憂う」という言葉がありますが、キューバを見習い、政治にも環境にもクリーンな社会を作ることが、日本の再生するための重要な条件であるのです。
PS:つくりかけていた雑誌「ストラテジア」の矢部氏のもの。皆さん本当に失礼しました。すみません。

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