2010/05/27

心の中をみる


私はじっとしている。
心の中をみるひまもない。
でも、私は心の中をみる。
私は私で私の中をみる。
もう、何も考えられないほどじっとしている。
しかし、私はみることができない。
私は心の中をみることができない。
変わらない私でいることが私だ。
そして、今私に必要なもの。
それは数本の煙草と酒だ。
こんなことは人間である私だけが言えることだ。
犬からみたら、こんなことは言えないだろうから。
フンして、吠えるだけのこと。
でも、犬でも人間でも思いは一緒。
何をしてもいいというわけじゃない。
私は心の中をみる。
みたいと思うからみる。
私はみるエピソードもない。
人に語るほどの武勇伝もない。
若いときには、そのような物語を持っているものに憧れた。
器が大きく見えるからだ。
自分を特権化したいのだ。
だが、私にはエピソードはない。
エピソードはその人となりを簡単に飾る物語なのだ。
たぶん、脚色されていることが多いが、それで平凡を超えよう。
それによって、小さな英雄になり、
面白い人間になったり、
異常な世界をかいま見た体験者になったりする。
彼が生きて来た人生と、
その世界が生きた彼という人物自身を色彩が帯びる。
うぬぼれはあっていいと思うが、
それを他人にみせようとするのは余計なことである。
うぬぼれのない自分は逆に危ない。
自信には根拠がある。
うぬぼれにはそれがない。
こんなことを考えて心の中をよみたいなどとよく思う。
まあ、明日からはちょっと違った方向からみられるかな。
心の中を読むことができたなら、
こんなことは考えないだろうに。
自分を振り返った時、
やっと何かが生まれる。
そうでもしないと形ができない。
こんなことを考えているときが一番幸せである。
そう考えをまとめて、終わりとしよう。
   御供

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